ここでは液浸標本作成の一連の手順を筆者の主な研究対象である淡水性の小型エビ類を例に紹介する。筆者は標本を遺伝解析や形態解析に使うので、そうした用途に特有のTipsも紹介する。標本の作り方は千差万別、ここに書いてあることが最適解とは限らないため、色々と条件を変えて試行錯誤してみてもらいたい。そして、よりよい方法を見つけたら是非共有してほしい。

採集・持ち帰り

採集時に気をつけるべきことは比較的少ない。

  • 調査地点の情報を記録し、標本との対応がわかるように管理する
  • 自切などによって胸脚などの付属肢が脱落した場合、それも持ち帰る
  • キープ中に共食いや酸欠によって死なないよう管理する

  • 採集されたサンプルの持ち帰り方には3通りある。

    組織切片だけを持ち帰る場合

    希少種や保護されている集団からサンプリングを行う場合、採集した個体から組織切片を取ったのちリリースすることがある。甲殻類は脱皮することで欠損した付属肢が再生するので、比較的非侵襲的に(思われる)サンプリングができる。組織サンプルには生存にあまり関係しない部位や対である部位の片方を用いることが望ましい。こうした組織サンプルは主に遺伝解析に供試されると思われる。その場合、組織は100%エタノール中で保存し、遮光して管理するのが望ましい。甲殻類の組織は水分を多く含むので、必ず1回はエタノールを交換する。可能な限り100%に近いエタノールで保存することで、なるべくDNAが分解しないようにする。

    個体を生かして持ち帰る場合

    生かした持ち帰りは陸生の甲殻類では容易だが、水生の種では多大な労力がかかる。いずれにしても、酸欠と温度変化に十分注意する必要がある。淡水エビ類の場合、酸欠のリスクは水温を下げることで低減できる(ただし、熱帯性の種では、水温を下げすぎると死ぬことがある)。持ち帰りの途中で死亡した個体は速やかに固定液に移す。

    個体を固定して持ち帰る場合

    現地でエタノールまたはホルマリンなどの固定液に入れて持ち帰る場合、個体を麻酔せずに直接固定液に入れると暴れて他の個体を傷つけたり、付属肢を自切する場合があるので注意する。これは麻酔してから固定することで回避できるほか、固定液を予め冷やしておくことも効果がある。エタノール保存の場合、持ち帰りの際に標本を遮光・保冷するとDNAの断片化を防ぐことができる。

    標本の麻酔

    動物実験の倫理

    実験動物に苦痛を与えない、それが避けられない場合は最大限緩和する、というのが動物を実験に用いる者の責務である。これは、哺乳類や爬虫両生類、魚類などの痛みを感じるとされる脊椎動物を扱う際の決まり事であった。近年、一部の無脊椎動物においても痛みを感じる可能性が指摘されており、将来的にこうした倫理が甲殻類にも適用されるかもしれない。また、倫理的な問題を差し置いても、甲殻類を固定する際に麻酔を用いることは、自切や不格好なポーズでの硬直を防ぎ、質の良い標本を作るために有用であろう。

    麻酔の方法

    筆者は甲殻類の麻酔についてあまり試行錯誤しておらず、他により良い方法が必ずあると思っている、ということを先に述べておく。筆者は氷冷麻酔とクローブオイルを用いた麻酔を用いる。氷冷麻酔は氷水に個体を投入し、しばらく待つだけで簡単である。当たり前のことであるが、南方にいる種にはよく効き、北方にいる低温耐性のある種には効きづらい。クローブオイルは数滴を少量のエタノールに溶かし、それを水で希釈して使う。量は浸透時間は種によって異なると思われるので、ある程度の試行錯誤が必要である。

    標本の撮影

    生時の写真を撮る場合は、水を入れた観察ケースや水槽に個体を入れて撮影する。ストロボや強い照明を上方から当てて撮るときれいに写る。生鮮標本の撮影を行うのであれば、麻酔がかかった状態、もしくは麻酔のオーバードーズで締めた標本を浅く水を張った水槽に寝かせ、横〜斜め上方から強い光を当てて撮影する。このとき、スケールやホワイトバランスを補正できるもの(グレーカード、キャスマッチ等)を一緒に写し込む。筆者はRICOHのCBLレンズを愛用している。
    標本撮影に限った話ではないが、魚類の標本作成に関する資料やサイトが非常に参考になる。特に鹿児島大学総合研究博物館から出ている「魚類標本の作製と管理マニュアル」は必見。

    標本の固定

    標本化してから、実際に標本を使う時までの間が長ければ長いほど固定液の選択、そして次のセクションで述べる保存方法は重要になる。例えば、RNAは分解されやすく、初動をミスると数時間でほとんど回収できなくなってしまう。サンプルを何に利用するのかによって、適宜固定液を使い分けよう!

    エタノール

    長期保存からDNA解析までなんでもござれな保存液。ただし、水分が含まれているとDNAが分解されやすいので、標本をDNA解析に使いたい場合は100%エタノールを用いる。分類群によっては、脚などの付属肢が取れやすくなってしまうというデメリットがある。生鮮状態の甲殻類は水分を含んでいるので、100%エタノールに漬けてしばらくすると標本から水が抜けて、エタノールが薄まる。良質なDNAを取りたい場合は必ず1度は液を交換しよう。
    特にDNA解析はしないという標本は70〜80%エタノールに保存する。多少水分が含まれていると、付属肢が比較的可動し、ポロポロ取れるということは多少減る。
    甲殻類をエタノールに漬けると、タンパク質から遊離したアスタキサンチンがエタノールに溶け出し、液が鮮やかなオレンジ色に変わり、甲殻類っぽい独特の臭いを放つ。(たぶん)害はないが、気になるなら液を交換しよう。

    ホルマリン

    10%に水で希釈した中性ホルマリンは、強力な固定液として以前はよく使われていたが、最近は代わりにエタノールを利用することが多くなっている。使用頻度が減った理由はいくつかあると思われるが、まずDNAを断片化・変性させてしまうので、DNA解析には向かないというデメリットがある。さらに、ホルマリンは人体に有害であり、刺激臭もあるため、扱いがエタノールと比べると難しいという点がある。標本の取り扱いを容易にするため、ホルマリンで固定した標本は、1晩ほど水に漬けてホルマリンを抜き、エタノールに置換することが多いが、これが手間であるというのもある。一方、エタノールと比べ安価であることや、固定力が強いことから、未だにホルマリンを使う人は少なからずいる。

    RNAlater

    RNAはDNAと比較して不安定である(=簡単に分解される)ため、サンプルをRNA解析に用いる場合は、固定や保存に気を使う必要がある。生体内や環境中に存在するRNA分解酵素(RNase)は、RNAを解析に全く使えなくなるまで分解してしまう。そこで、RNA抽出に用いるサンプルには、麻酔後すぐの新鮮なものかそれを速やかに凍結させたもの、またはRNAlater内で適切に保存されたものを用いる。RNAlaterは組織内のRNAを安定化させ、分解を防ぐ溶液で、エタノールの代わりに利用する。サンプルをRNAlaterに浸したら、組織に浸透するまで冷暗所で保管する。浸透を確認したら−80℃の冷凍庫で保存する。

    標本の保存

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    個体識別

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    保存容器

    標本の一時的な保管用には50 mL遠沈管や300 mLの広口T型瓶を使っている。とりあえずこれに入れて冷蔵庫に入れて放ったらかすことが多く、こうした容器がどんどん溜まっていく・・・。DNA用組織を取り終えた後、常温で長期保管する際にはケニスの広口サンプル瓶(いわゆるマヨネーズ瓶)を使っている。博物館に寄贈する際にもこの容器に入れることが多い。

    保存環境

    形態を最も状態良く保存するためには、非凍結・遮光が望ましい。冷凍は解凍する際に付属肢が壊れることがある(これは著者の冷凍もしくは解凍の仕方が悪いだけかもしれない)。
    DNAを最も状態良く保存する3つのキーワードは、遮光・脱水・冷凍である。このうち、遮光は最も重要で、日の当たるところに標本を置いておくと紫外線によってあっと言う間にDNAが断片化し遺伝解析に使えなくなってしまう。脱水については固定で説明した。冷凍での保存は理想的だが、遮光と脱水がされていれば、冷蔵や常温でも10年ぐらいは平気である(それ以上はわからない)。著者は標本を冷凍することはほとんどないが、切り出した組織はDNA抽出までの間、0.2 mLか1.5 mLチューブに入れて冷凍庫で保存している。

    標本の管理

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    博物館への寄贈(推奨)

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    個人管理(非推奨)

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    参考文献

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